2010年3月16日火曜日

ダーウィン占領と小スンダ列島キャンペーン

史実の1942年後半といえば米軍のガダルカナル島上陸から始まるソロモンキャンペーンの時期でした。なので、前回のエントリーで紹介したAARで、同じ時期にチモール島・フローレス島上陸から始まる小スンダ列島キャンペーンを展開することが可能なことが明らかにされたことで、フォーラムのメンバーに衝撃が走りました。

ソロモンキャンペーンは日本軍にとって航空機・艦船を消耗する戦いでした。その点では小スンダ列島キャンペーンも同様です。しかし、ソロモンキャンペーンに敗北しても日本の生存には直接の影響が及ばないのに対して、小スンダ列島キャンペーンの成功はSRAから日本への石油輸送の途絶を意味します。

その結果、日本の重工業生産は1943年夏頃までにはストップしてしまいますから、戦争の終了も史実より一年以上早まると思われるからです。従って、PBEMでGC1を行っているすべての日本側プレーヤーは、1942年後半の小スンダ列島キャンペーンを可能にしないことを常に念頭において、1942年前半の作戦をたてることが必要になります。

小スンダ列島キャンペーンはチモール島上陸で始まります。チモール島上陸作戦の策源地の候補としてふつうに考えられるのはダーウィンです。なので、1942年後半の小スンダ列島キャンペーン対策として、1942年前半にダーウィンを攻略してしまう作戦が考えられます。フォーラムでもこのダーウィン占領の是非について、前述のAARの中ではもちろんですが、他にも DARWINIs Darwin ImportantDarwin, were the Axis and Allies really that stupid....といったスレや、他の人のAARの中でさえ熱く熱く議論されています。
  • ただし、議論の発端となったQ-Ballさんは、ダーウィンではなくオーストラリア西岸中南部のPort HeadlandやExmouth、そしてPerthの空港や港を拡張して策源地として利用しました。ダーウィンと違って、Port HeadlandやExmouth、そしてPerthは百式司偵の行動範囲外なので、日本側に基地の拡張や部隊の集結を察知されにくい利点があります。Q-Ballさんは名将ですね。
ダーウィン占領によって連合軍側の策源地建設を阻止できる利点を強く主張する人もいれば、ダーウィンを占領すると他の方面の戦力がその分だけ弱体化してしまうことを心配して、チモール島からの空爆でダーウィンの基地建設を妨害するにとどめようと言う意見もあって、決着はついていません。どういう策を採用するかは日本側プレーヤーの好みによるというところでしょうか。いずれにせよ、ダーウィンや豪州西岸を顧みずインド方面や南東方面に注力するという選択はなくなったものと思われます。
  • AIが1942年中にチモール島上陸をするようなスクリプトはないようなので、上記の内容は対AI戦にはあてはまりません。

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