2015年11月4日水曜日

スラバヤ夜間空襲で大きな戦果

1943年5月16日、今日実現した夜間空襲はスラバヤでWaingapoeから6機のB-24D1 Liberatorが飛びました。曇天でしたがAirbase hits 8、Airbase supply hits 1、Runway hits 30と戦果は上々でこれだけでも充分に満足できます。しかもこれに加えて、駐機されていた零戦11機、二式大艇6機、二式戦6機、 九九艦爆4機、九七大艇4機、天山2機、九六陸攻2機、合計で35機も撃破してくれたのですから言うことはありません。スラバヤには規模9の大きな飛行場があるのに、それでいてこんなに地上撃破の機数が多くなった理由は、飛行機の数が多すぎて過密状態だったからだと思います。前日の偵察機の報告では戦闘機253機、爆撃機185機、その他53機と報告されています。飛行場に展開することのできる飛行部隊の数、飛行機の数、エンジンの数には、飛行場の規模に応じた制限があり、253+185+53=491で飛行機の数は定数をオーバーしていますし、また大艇のような四発機、陸攻のような双発機が含まれていたことを考えるとエンジン数に関しては大幅な超過となっていたのでしょう。ともあれ、これに懲りてスラバヤに展開している飛行機の数を減らしてくれるようだとありがたいのですが、それでも戦闘機の数だけはしっかりキープするでしょうね。

ついで、4隻の米重巡(Quincy、Minneapolis、Astoria、New Orleans)がメナドを砲撃しました。
この艦砲射撃もAirbase hits 5、Airbase supply hits 4、Runway hits 18、Port hits 11、Port fuel hits 1、Port supply hits 3に加え、守備隊のdevice 4個破壊、26個disabledと大きなダメージを与えることに成功しました。そして夜が明けるとボエラから12機のB-17F Fortressが飛んで、飛行場にAirbase hits 10、Airbase supply hits 4、Runway hits 23のダメージを与えました。こうしてメナドの基地機能を麻痺させておき、次はなんとか奪回をはかりたいところなのですが、距離4ヘクス離れたテルナテからのLRCAPの支援だけで兵員輸送船が安全に戦闘部隊を揚陸させることができるのかどうかが気がかりで、決行するかどうか迷っています。

その他、ケンダリーに双発爆撃機 32機(Mitchell II 6, B-25C Mitchell 26)が向かい、飛行場にAirbase hits 5、Airbase supply hits 2、Runway hits 18のダメージ。またディリの飛行場にも双発爆撃機 15機(Beaufort V 6, Beaufort VIII 9)がRunway hits 3の命中弾を与えています。

日本側の攻撃はいつもの通り中国での空襲が主ですが、ビルマではラシオからマンダレーに向かう街道を西進していた4ユニットが1ヘクス前進しました。マンダレーは風前の灯火です。なお、ビルマはすでに雨期に入っていますが、カルカッタからラムリー島にサプライを輸送するコンボイを日本側が放置しておいてくれている(ベンガル湾には哨戒機も飛ばしていない)ので、いまのところビルマの連合軍部隊にサプライ不足の心配はありません。

ラングーンにいた日本のTFの一部がアンダマン海を南下して行きました。ラングーンの日本軍地上部隊に移動のアイコンが付いていないので、何が目的でやって来たのかはまだ不明です。

2015年11月3日火曜日

英軽巡2隻、メナドを砲撃

1943年5月15日、今晩はボエラから9機のB-17E FortressがパラオのBabeldaob港を夜間空襲しました。港にdisbandしている艦船が目的ですが、戦果はPort hits 1のみでがっかりです。

ついで、バチャン島で待機していた英海軍の軽巡2隻(Ceres, Danae)がメナドを砲撃し、根拠地の施設にAirbase hits 2、Airbase supply hits 3、Runway hits 11、Port hits 2、Port fuel hits 1、Port supply hits 2を命中させ、また守備隊のdevice 3個をdisabledにしています。軽巡2隻としてはなかなかの戦果ではないでしょうか。この作戦の遂行に当たってとくに問題が起こらなかったのですが、あしたは重巡(やはりバチャン島で待機中)が砲撃を実施する予定です。

夜が明けて、クーパンから双発爆撃機 35機(Mitchell II 9, B-25C Mitchell 26)がケンダリーに向かいました。Airbase hits 5、Airbase supply hits 1、Runway hits 30に加え、地上の二式戦2機と零戦1機を撃破しました。そして、クーパンからはディリにも双発爆撃機 15機(Beaufort V 6, Beaufort VIII 9)が飛んで、こちらはAirbase hits 1、Runway hits 1の戦果でした。

日本側はビルマで大規模な空襲を計画していました。ラングーンから41機の一式戦(Ki-43-IIa Oscar)に護衛された九七重爆(Ki-21-IIa Sally) 25機と百式重爆(Ki-49-IIa Helen) 61機がマグエに飛来し、マグエ配備の二式戦 49機(Ki-44-IIa Tojo 13, Ki-44-IIc Tojo 36)のCAPとも協力して、連合軍地上部隊を爆撃しました。連合軍の被害はdevice 3個破壊、11個disabledと86機もの「重爆」による空襲だったことを考えるとわずかなものでした。被害が少なかった理由は、高度1万フィートからの投弾だったことに加え、来襲した九七重爆のうちの1機と百式重爆 8機が撃墜され、また2機と1機がOps lossになったほど対空砲火が激しかったからだと思われます。日本側としては爆撃で連合軍地上部隊の戦力を削ぎ、その後に陸戦で排除と考えていたのでしょうが、86機のうち12機も失われるようでは空襲の継続は難しいのではないでしょうか。

本日のラストは南シナ海。シンガポール東方をパトロールしていたSS Petoが日本のタンカー船団を発見し、給油艦石廊(6860トン、VP 18)に対して4本の魚雷を発射しました。発射した魚雷のうち3本が命中し、しかも3本とも爆発するというラッキーな攻撃で見事に撃沈することができました。でも本音を言えば、積荷の重油が燃え始めたので3本は必要なかったな、この幸運のうちの1本分くらいはどこか他での雷撃にとっといてほしかったとWitP AEの神様にお願いしたいというもの。それくらいふだんは不発が多いんです。

ところで、マニュアルの6.2.10.7 地中海航路には
オフマップの地域間の航路の中には地中海を経由するとみなされるものがある。アバダンを除くオフマップの地域と、アデンを結ぶ航路がそれに当たる。 
この航路は1943年5月以前には使用することができない。1943年5月14日を過ぎると北アフリカの枢軸国海軍部隊の降伏により、コンボイが地中海航路を利用することができるようになる。地中海航路が利用可能となったあかつきには、他のオフマップ地域間を結ぶ海と同様に機能する。
という記載があります。ご覧の通り、15日のリプレイを終えてすでに5月16日ですが、まだ地中海航路は利用できません(ケープタウンからアバダンにオフマップで移動させようとして、ダメといわれました)。なぜなのでしょう。今回のプレイでは増援ユニットの出現する日に±15日のランダムさを加味する設定にしてありますが、地中海航路の開通にも影響するのでしょうか?

2015年11月1日日曜日

マドゥラ島に空挺降下

1943年5月14日、風雲急を告げるビルマ情勢ですが、ラシオの西側ヘクスで2個師団2個、4個守備隊、合計で素のAV 1558にもなる日本軍部隊の攻撃を受け、中国軍第37軍司令部ユニットは殲滅されてしまいました。追撃を示す西への移動のアイコンが表示されていますから、マンダレーへの到着も数日以内のことと思われます。マグエの連合軍部隊はそろそろマグエから撤退を始めた方がいいでしょうか。 悩み中ですが、少なくともラングーンの日本軍部隊が北上を始めれば即座に撤退開始ですね。

きのう痛い目に会うきっかけとなったアンダマン海の日本のTFですが、一部はイラワジ川河口に達し、一部はラングーンに入港しました。連合軍の空襲を警戒して、日本側は今日もLRCAPを実施したようです。 今日の損失機の報告を見ると、紫電改が4機、零戦が1機、合計5機がOps lossになっていました。2日続けてほとんど休養させない設定のLRCAPを指示したことによる損失だと思われます。きのうの連合軍戦闘機との空戦による損失機数より多いとは皮肉です。

蘭印ではマカッサルに戦闘機 75機(F4F-4 Wildcat 28, P-39D Airacobra 22, P-40K Warhawk 25)のsweepとB-24D1 Liberator 40機による空襲を実施しました。戦果は、Airbase hits 19、Airbase supply hits 1、Runway hits 40。またケンダリーには双発爆撃機 35機(Mitchell II 9, B-25C Mitchell 26)が向かい、Airbase hits 7、Airbase supply hits 1、Runway hits 31と地上の二式戦を3機撃破。さらにディリにも双発爆撃機 15機(Beaufort V 6, Beaufort VIII 9)が爆撃に行きましたが、激しい嵐のためか戦果の報告はありませんでした。

その後の空輸フェーズ、小スンダ列島のWaingapoeからジャワ島スラバヤの眼と鼻の先のマドゥラ島パメカサンに海兵隊第3空挺大隊が降下しました。SIGINTで得られた情報通り日本軍守備隊の姿はなく、無事に確保することができました。今後なんとかジャワ島への上陸方法を考えなければなりません。もちろんビマとデンパサールを強化することがその方法に当たるわけですが、まあ、そのほかにも気が散ってくれたらいいなということで奪還することにしてみました。

アンボン奪還

2代目のTime Capsuleが3年半でお亡くなりになり、先ほど近くのビックカメラで新しい縦長を買ってきました。3代目は何年もってくれるものやら。さて、時は1943年5月13日。昨日から夜のmoonlightが50%を越えたので夜間空襲を指示してありました。昨日は飛んでくれなかったのですが、今日はインド洋のクリスマス島から20ヘクス離れたシンガポールまで6機のB-24D Liberatorが向かいました。きっとシンガポール港には多数の艦船がdisabndしているだろうと予想して、任務は港湾爆撃でした。しかしシンガポール上空に達してみると、対空砲火が激しく港に命中弾を与えるどころか、1機が撃墜されてしまいました。今夜は高度9000フィートではあったのですが、四発爆撃機が高射砲で撃墜されることって滅多になく、よほど多数の高射砲を集中してあるものとみえます。

ビルマですが、ラシオから西に向かっていた日本軍のうち6ユニットがラシオの西のヘクスに到着しました。さらに4ユニットが続いているようですが、ここには時間稼ぎのための中国軍のHQ 1ユニットしかいないので、攻撃があれば明日にも突破されることになります。

そして、アンダマン海を北上していた日本のTFですが、今日はラングーンの南4ヘクスまで接近しました。ラングーンには200機以上の戦闘機が常駐しているので、LRCAPの傘をさしのべるだろうことは分かっていたのですが、距離が離れていれば戦闘機の数がそれほど多くないのではと期待して、ペグーから空襲を計画しました。今日は13機のA-24 Banshee(ドーントレス急降下爆撃機のうちアメリカ陸軍の使用したバージョン)をアメリカのP-40E Warhawk 9機と中国軍のP-43A-1 Lancer 12機が護衛して向かいました。しかし目的の海域に到着してみると、予想よりずっと多い73機もの戦闘機がCAPしていました。龍驤戦闘機隊の零戦(A6M2 Zero) 49機と祥鳳戦闘機隊の紫電改(N1K1-J George) 24機です。性能的にもこの2機種の方が上ですし、数的にも劣勢な連合軍機はA-24 Banshee 13機すべてが撃墜され、またP-40E Warhawkは9機のうち7機、P-43A-1 Lancerも12機のうち4機が撃墜されてしまいました。

中国では各地の敗残兵が空襲を受けるとともに、温州にも台湾から恒例の百式重爆(Ki-49-IIa Helen ) 29機がやって来ました。今日は飛行場ではなく港に投弾して、Port hits 18、Port supply hits 2とともに港にいたSS Porpoise(1330トン、VP 8)にも250kg爆弾が2発命中して沈没してしまいました。なぜSS Porpoiseが温州にいたかというと、5月10日に台湾の南で対潜哨戒機の爆撃を受け、Sys 51, Flt 22(13), Eng 14(6)とダメージが大きかったため、AIは近くの温州に向かわせきのう入港していたのでした。ふつうは損傷すると母港に帰投するものなので、特に行き先には注意を払わず、SS Porpoiseが温州に入港していたことも今日の空襲で初めて知った次第です。5月10日の時点で蘭印に向かわせていれば助かったかも知れず、残念なことをしました。

その蘭印では、アンボンを4隻の重巡(Quincy、Minneapolis、Astoria、New Orleans)が砲撃し、 Airbase hits 4、Airbase supply hits 1、Runway hits 18、Port hits 13、Port supply hits 1に加えて守備隊のdevice 39個を破壊し156個をdisabledにしました。これまで続けてきたアンボン艦砲射撃の中で守備隊のdeviceに対する戦果は今日が最高です。陸戦で防御施設の規模を0二まで低下させてあるからなのでしょうね。そして、その後の陸戦フェーズにはアメリカ陸軍第32歩兵師団がShock attackを行いオッズ比17:1で快勝しました。予想よりだいぶ長く時間がかかりましたがようやくアンボンを奪回できました。今日は悲報続きだっただけに、アンボンからの朗報にほっとしました。

蘭印ではその他、ケンダリーを双発爆撃機 38機(Mitchell II 9, B-25C Mitchell 29)が向かい、Airbase hits 14、Runway hits 40と地上で二式戦を3機撃破。またディリに飛んだ双発爆撃機 15機(Beaufort V 6, Beaufort VIII 9)はRunway hits 2の戦果をあげました。

2015年10月27日火曜日

日本の巡洋艦7隻、アンダマン海を北上中

1943年5月12日、ビルマ中部平原マグエで連合軍が3回目のDeliberate attackを実施しました。素のAVは3064:1564ですが、修正AVは1013:1455でオッズ比1:2。もちろんまだ奪回はなりませんが、防御施設の規模を4から3に低下させることができ、また死傷者数も前回5月5日の攻撃時と比較してほぼ半減しています。このまま地道に攻撃を続ければいずれは奪回間違いなしです。

ただし問題が3つあります。ひとつは東から迫る日本軍部隊です。まだラシオのヘクスにいますが、この部隊がマグエ守備隊に合流するとなると、手に負えません。二つ目は5月16日から始まる雨季です。インドから陸路運ばれてくるサプライだけでどれだけ活動できるのか。サプライを輸送船でラムリー島に海路輸送できれば問題なしなのですが、ラングーンに強力な日本の戦闘機隊(200機以上と報告されています)が居座っている限り、これら戦闘機の護衛をともなった雷撃機の襲撃を考慮しなければならず、まあ無理でしょう。

そして3つめはアンダマン海に現れた日本のTFです。ラングーンの南13ヘクスのアンダマン海を重巡5軽巡1LSD2が北上中という報告が入りました。きのうマラッカ海峡のペナン島南で聴取されたheavy radio trafficがこのTFだったのでしょう。一日かけて9ヘクス北上したことになります。このTFがラングーンに新たな増援部隊を陸揚げし、そのフレッシュな部隊がマグエの救援に赴くようだとやはりマグエの先行きは暗いとしか思えません。

ところで、このTFを発見したのはペグーに配備されているカタリナ飛行艇です。この位置ならラングーンの戦闘機のLRCAPの傘からは外れていますから、ここで雷撃できればよかったのですが、雷撃には至りませんでした。というのも、日本軍はラングーンでの勝利に続いてすぐにでもペグーに前進するのだろうと考え、ペグーにいたAir HQをはるか北のKathaまで避難させてあったのです。中部平原では心許ないので、ジャングル地帯までです。きのうのマラッカ海峡でのheavy radio trafficの聴取を機に急遽呼び戻すことにしましたが、まだペグーから数ヘクス北で列車に揺られているのです。Air HQユニットがいないと魚雷を使えないので、今日は発見を報告してくれただけに終わりました。

蘭印のアンボンは艦砲射撃も陸戦もお休みです。かわりにボエラからのB-25D1 Mitchell 15機が守備隊を爆撃しdevice 3個をdisabledにしました。その他、ケンダリーには双発爆撃機 37機(Mitchell II 9, B-25C Mitchell 28)が向かって、Airbase hits 14、Airbase supply hits 2、Runway hits 20と地上の二式戦を5機撃破。またディリを双発爆撃機 15機(Beaufort V 6, Beaufort VIII 9)が訪問し、Airbase supply hits 1、Runway hits 8の戦果をあげています。

2015年10月26日月曜日

重巡三隈をようやく撃沈

5月11日、連合軍はマカッサルへの空襲を実施しました。まずビマとWaingapoeから戦闘機 71機(F4F-4 Wildcat 28, F4U-1 Corsair 18, P-39D Airacobra 25)がsweepしましたが、今日はCAPはいませんでした。その後、クーパンからの四発爆撃機 46機(B-24D Liberator 10, B-24D1 Liberator 36)が飛行場と港を爆撃し、Airbase hits 14Runway hits 35の命中弾を得ています。さらに港にいた重巡三隈にも500ポンド爆弾1個が命中して、三隈もようやく沈没してくれました。三隈には3月5日のケンダリー夜戦で魚雷1と砲弾4が命中し、翌3月6日には逃走中の三隈を発見したSS S-38が魚雷を1本たたき込み、一時は撃沈と報告されていました。しかしそれは誤報で、マカッサル港に逃げ込んで応急修理をしていたのです。その後、4月12, 14, 17, 20, 25日、5月2, 5, 11日と8回にわたって四発爆撃機が合計23個の500ポンドを命中させようやく撃沈することができました。日本の重巡がこんなにタフだったとは本当に驚きです。

今日はアンボンへの艦砲射撃と陸戦はお休みさせ、ボエラから21機のB-25D1 Mitchellが守備隊を爆撃して、device 1個を破壊し、5個をdisabledにしました。またケンダリーの飛行場を双発爆撃機 38機(Mitchell II 9, B-25C Mitchell 29)が爆撃して、Airbase hits 11、Airbase supply hits 1
Runway hits 29の命中弾と地上の零戦(A6M5b Zero) 1機を撃破。また、ディリの飛行場を双発爆撃機 15機(Beaufort V 6, Beaufort VIII 9)が襲い、Airbase hits 1、Runway hits 1の戦果をあげています。

また、中国軍の敗残兵に対する日本の空襲がいつも通り行われましたが、その他には目立った戦闘はありませんでした。気になることとしては、マラッカ海峡のペナン島の南でHeavy Volume of Radio transmissionsを聴取したという報告が2回入りました。ラングーンに新手の増援が送られてくるのでしょうか?5月9日にラングーンを出港してアンダマン海を南下していった日本の巡洋艦TFならばいいのですが。

2015年10月25日日曜日

アンボンにてこずる

1943年5月10日、樺太南岸でSS Pompanoが日本のコンボイ(貨物船6隻と駆潜艇1隻)に遭遇し、xAK Nitiyo Maruを雷撃しました。今日は魚雷が爆発してくれて、日洋丸は on fire,  heavy damageだと報告されました。コンバットアニメの中で沈没する姿を見ることは出来ませんでしたが、夜が明けてから沈没音が流れたので、撃沈確実だと思われます。

さて、アンボンですが、今日は3隻の重巡(San Francisco、Astoria、New Orleans)が砲撃に向かい、Airbase hits 3、Airbase supply hits 2、Runway hits 7、Port hits 3に加えて、守備隊のdevice 2個を破壊し、44個をdisabledにしました。その後、ボエラから出撃した21機のB-25D1 Mitchellが守備隊の頭上に爆弾の雨を降らせ、守備隊のdevice 1個を破壊し、5個をdisabledにしました。

これだけ痛めつておけば陸戦の勝利は間違いないだろうと確信して第32歩兵師団のDeliberate attackを見守りましたが、数的には素のAVが276:33と圧倒的に有利だったにもかかわらず、修正AVは20:34と振るわず、今日は奪回に至りませんでした。素のAVが276もあったのに修正AVが20と情けない値になってしまったのは、前日のShock attackの影響で混乱値が27、疲労値が40もあったからだと思われます。すでに防御施設の規模が0になっていたので、これでもやれると思ったのですが、考えが甘過ぎでした。しかも今日の攻撃により混乱値は47、疲労値は44とさらに上昇してしまいましたから、数日休ませないとなりません。

その他、クーパンから双発爆撃機 37機(Mitchell II 9, B-25C Mitchell 28)がケンダリーの飛行場を爆撃し、Airbase hits 9、Runway hits 35のダメージを与えています。また、これまで連日の空襲ですでに破壊し尽くしたかと思っていましたが、どこに隠してあるのか、今日も地上の二式戦を3機撃破しました。