2015年11月25日水曜日

ビルマで日本軍の激しい空襲

1943年5月30日、連合軍のコンボイがシドニーの東方沖で伊8潜の襲撃を受け、魚雷の2本命中したxAK Stanley Matthews(6520トン、VP 13)が沈没しました。ここ数日続く日本の潜水艦による沈没艦船の中でも最大の被害ですが、不幸中の幸いは西海岸に向けての船団だったので積んでいた荷物がなかったことです。それにしても連合軍潜水艦のふがいなさに比較して日本の潜水艦の大活躍。ここシドニーの東方には昼も夜も対潜哨戒機が飛んでいるんですけどね。

連合軍はきのうに引き続き、ホロ島を四隻の重巡(Vincennes、San Francisco、Minneapolis、New Orleans)で砲撃しました。戦果はAirbase hits 4、Airbase supply hits 2、Runway hits 18、Port hits 8、Port supply hits 1と守備隊のdeviceを1個disabledにしたというものでした。でも昨日の軽巡Santa Feが1隻で36発を命中させたのに対し、今日は33発。重巡の砲ですから昨日よりは与えたダメージも大きいのでしょうが、満足できる戦果とはいえません。またいずれ攻略を狙うとすると、守備隊のdeviceをもっとたくさんdisabledにしてもらわないと困るのです。

夜が明けてから、テルナテを飛び立った55機の四発爆撃機 55機(B-17D Fortress 12, B-17E Fortress 12, B-17F Fortress 12, LB-30 Liberator 7, B-24D Liberator 12)がサンボアンガの飛行場を爆撃し、Airbase hits 8、Airbase supply hits 9、Runway hits 42のダメージを与えました。サンボアンガの飛行場はこれでまたしばらく使用不能だと思います。

日本側はカガヤンからセブ島に25機の百式重爆(Ki-49-IIa Helen)を送り、飛行場にAirbase hits 3、Airbase supply hits 1、Runway hits 9の被害を残して行きました。また何を考えたのか、今日の空襲には零戦(A6M2 Zero) 48機が同行していました。セブ島の飛行場はダメージが大きくまたサプライもないので、CAPトラップなんてことは無理なんですが、ホロ島への艦砲射撃などをみて、万が一の事態を予想したのかも知れません。

ビルマでは日本側の積極的な行動が目立ちました。まず、ラングーンからアキャブに九七重爆(Ki-21-IIa Sally) 20機と百式重爆(Ki-49-IIa Helen) 26機が訪れ、飛行場にAirbase hits 7、Airbase supply hits 2、Runway hits 22と、駐機中だったB-17F FortressとLiberator II各1機を破壊されてしまいました。マグエ夜間空襲用にアキャブにいたのですが、日本側の爆撃機の空襲がずーっとなかったことから、夜の暗い今週になってもアキャブに置いたままでした。日本側は一昨日5月28日のShweboへのsweepで連合軍がCAPを上げていないことを発見して、アキャブへの空襲を計画したのでしょう。天晴れでな采配です。飛べる機体は後方に移動させましたが、まだ今日の空襲で損傷したB-17F FortressとLiberator数機ずつがアキャブに残っています。明日も爆撃されると貴重な四発爆撃機をさらに地上で撃破されることになるので、明日はCAPを上げるつもりです。ただ、それを狙って明日は爆撃機ではなくsweeperを送るなんてほど日本側の指揮官が優秀でないことを望むばかりです。

そして、メイクテーラの連合軍地上部隊の頭上にも42機の紫電改(N1K1-J George)にがっちり護衛された91機の百式重爆(Ki-49-IIa Helen)が飛来しました。被害はdevice 3個破壊、31個disabledでしたが、北西への移動のスピードを鈍らされてしまいました。

さらにペグーの南東のヘクスに頑張っていた連合軍部隊にも21機の百式重爆(Ki-49-IIa Helen)による空襲がありました。ここは泰国領とビルマをつなぐ道路の通過するヘクスなので、いつまでも連合軍の支配下にあっては困るということなのでしょう。ここの連合軍部隊は40mm機関砲装備の対空砲部隊1ユニットだけなので、ラングーンから東に移動を始めている部隊が到着すれば、簡単に一掃されてしまいます。さて、今日のビルマでの空襲には合計で138機の「重爆」が参加しましたが、日本側より連合軍の対空砲の砲が優秀なこともあって、11機を撃墜し、3機がOps lossになっています。ほぼ1割の損失ですが、日本側からすれば充分に手応えありと感じたのではないでしょうか。

蘭印ではいつも通り、連合軍が双発爆撃機 15機(Beaufort V 6, Beaufort VIII 9)でディリの飛行場を爆撃し、Runway hits 1。またケンダリーにも双発爆撃機 29機(B-25C Mitchell 15, B-25D1 Mitchell 14)が向かい、Airbase hits 14、Airbase supply hits 3、Runway hits 28のダメージを与えました。

気になるのは、マカッサルに軽巡2隻を含む5隻からなるTFが前進したことです。この軽巡2隻は5月23日にビマで戦った軽巡川内、那珂かもしれませんが、目的は何でしょう?見当もつきませんが、こういう時のために距離4ヘクス南のビマには雷撃機と急降下爆撃機が配備されています。でも、今日は飛んでくれませんでした。予定されていたマカッサル飛行場への空襲も実行されなかったので、マカッサル上空はよほどの悪天候だったようです。

2015年11月24日火曜日

ホロ島を砲撃

1943年5月29日、きのうメナドで待機していた軽巡Santa Feがセレベス海を北上し、ホロ島を砲撃しました。戦果はAirbase hits 7、Airbase supply hits 1、Runway hits 14、Port hits 10、Port supply hits 4で1隻だけの艦砲射撃にしてはなかなかのもの。もっとも軽巡の6インチ砲ですから、それほど大きなダメージを与えてはいないでしょう。

では、なぜ軽巡1隻で行かせたのか。以前からメナドを奪還したらこのホロ島への砲撃が可能だろうと思っていました。でもメナドからホロ島までは距離9ヘクスあり、WitP AEの艦砲射撃のルールで許された最大の距離にあたります。カガヤンには多数の雷撃機がいるので、夜明けまでにメナドまでたどり着けなければ、航空雷撃で沈没の憂き目を見ることになります。艦砲射撃ルーチンの挙動には不可解な点があることも指摘されていますし、無事に行って帰ってこれるかどうかを試す実験でもあったわけです。最高速度32ノットの巡洋艦ならホロ島の砲撃が可能と判明したので、これからなんどかホロ島砲撃を繰り返してみたいと思います。どんな部隊がホロ島の守備についているのかまだ不明ですが、お隣のサンボアンガのように海軍防備隊1個だけなら、砲撃を繰り返せば重装備は運べないFasttransport TFによる歩兵だけの上陸作戦でも攻略ができるようになるやもしれません。

ところで、偵察機によるとカガヤンの日本軍地上部隊が西への移動を始めたとの報告がありました。空挺作戦で奪還したばかりのDajangasを攻撃に来るのでしょうか?

その他、蘭印の連合軍はクーパンから双発爆撃機 15機(Beaufort V 6, Beaufort VIII 9)でディリの飛行場を爆撃し、Runway hits 5。またアンボンからB-25 20機(B-25C Mitchell 10, B-25D1 Mitchell 10)でケンダリーを空襲し、Airbase hits 10、Runway hits 23のダメージを与えました。

一方、日本側はビルマでTougoo北の連合軍部隊をShock attackで一掃しました。この大軍(素のAV 4898)の北上を止める手段がありません。メイクテーラの連合軍地上部隊の脱出は間に合うのでしょうか。

2015年11月23日月曜日

伊11潜の雷撃で蘭駆逐艦コルテノール沈没

1943年5月28日、オーストラリア東岸を南下中だった艦隊が伊11潜の攻撃を受け、魚雷の命中したオランダの駆逐艦Kortenaer(1316トン、VP 5)が沈没しました。ここ数日、シドニーやブリスベーンに日本機が目撃されていたので警戒してはいたのですが、まさか駆逐艦が食われるとは。即座に同行していたフランスの駆逐艦Le Triomphantが反撃して爆雷を1個直撃させましたが、効果のほどはどうだったのでしょう。沈没艦リストには駆逐艦Kortenaerとならんで伊11潜の名前も載せられていましたが、真偽のほどは不明です。

この2隻の駆逐艦はオランダの軽巡Trompを護衛していました。軽巡Trompは1943年4月10日、ボエラで天山の雷撃を受け魚雷が1本命中して後退。ダーウィンで応急修理を実施しましたが、ドック入りしないと対処できないFlt 26, Eng 28というダメージが残り、この修理のため5月5日に出港してシドニーに向かう途中でした。数を減らしつつあるオランダの軍艦ですが、その中でも大きな艦である軽巡を僚艦のKortenaerが我が身を犠牲にして守ったわけで、天晴れな牧羊犬ぶりでした。

ビルマではマグエから出発した135機もの二式戦(Ki-44-IIc Tojo)がShweboを襲いました。Shweboには100機ほどの戦闘機が配置されていたので、それを狩るつもりだったのだと思われます。でもCAPを上げるとsweeperにやられるし、日本側はちっとも爆撃機を送ってこないしなので、このところCAPは上げないことにしているのです。CAPが必要なのは雷撃を受ける可能性のある根拠地に船団が入港した時くらいでしょうか。ビルマではラムリー島がそれにあたるのですが、日本側が哨戒機も偵察機も飛ばしていないので、そちらのCAPも省略しています。というわけで、日本側の積極的な行動も空振りに終わりました。一方、地上ではToungooを攻略した日本軍地上部隊の先鋒6ユニットがその北側のヘクスに到着しました。

その他、日本側は中国での空襲をいつも通り行い、またセブ島にも百式重爆(Ki-49-IIa Helen) 25機が来襲してAirbase hits 2、Runway hits 9の被害がありました。連合軍はディリに双発爆撃機 15機(Beaufort V 6, Beaufort VIII 9)を送って、Airbase hits 2、Runway hits 2のダメージを与えました。

2015年11月22日日曜日

I have returned

1943年5月27日、いつも通り日本側はカガヤンからセブ島に25機の百式重爆(Ki-49-IIa Helen)を送り、飛行場にAirbase hits 2、Runway hits 7の被害をもたらしました。連合軍はテルナテからミンダナオ島の南端Dadjangas(いまはジェネラル・サントスと呼ばれているのだそうです)に空挺作戦を実施しました。降下したのはオーストラリア軍の2/6騎兵コマンド大隊のうちの6個分隊で、兵力としてはわずかですが守備隊がいなかったので、無事に占領できました。”I have returned”と言ったかどうかは不明ですが、指揮系統上はSouthwest Pacific Command HQ麾下の部隊ですから、フィリピンの一角を確保できたことにマッカッサーも喜んだことでしょう。

空挺作戦を実施した理由は二つあります。一つはこのオーストラリア軍の空挺部隊があと4日で召還されてしまうことです。いなくなってしまうのならその前に一働きしてもらおうというわけです。あと一つは、メナドの滑走路の修理が終了し、戦闘機を進出させたことです。メナドとDadjangasは距離6ヘクスですから、APDで構成されるFasttransport TFなら夜のうちにメナドを出港し、Dadjangasでサプライを降ろし、夜明け前に帰ってくることができます。戦闘機を進出させたので、メナドには輸送船も入港させ始めました。日本側が零戦を100機単位で護衛に付けて天山を送り込んでくるようだとかなり被害が出ることもあるでしょうが、それはそれでやむを得ないと思っています。なんとか早くメナドの飛行場を規模5(現在は規模3)以上に拡張し、四発爆撃機を進出させたいものです。

蘭印では、ディリに双発爆撃機 15機(Beaufort V 6, Beaufort VIII 9)が飛んでRunway hits 2の戦果。またケンダリーにアンボンから26機のB-25(B-25C Mitchell 10, B-25D1 Mitchell 16)が向かい、Airbase hits 4、Airbase supply hits 1、Runway hits 10のダメージを与えています。

2015年11月21日土曜日

ビルマ南部の日本軍、順調に北上中

1943年5月26日、ウエーク島からエニウェトク環礁にサプライを輸送する船団が呂68潜の襲撃を受け、魚雷の2本命中したxAK Mangola(2750トン、VP 5)がサプライもろとも沈没してしまいました。夜が明けて、ミッドウエイからウエーク島に向かう船団が伊178潜の雷撃を受けましたが、幸いAS Sperryに向けて放たれた魚雷ははずれでした。日本の潜水艦の艦長すべてが魔弾の射手というわけではないようです。でも、物理的な被害はなかったのですが、この船団にAS(潜水母艦)が含まれていることはばっちり目撃されてしまいました。ウエーク島は日本本土に近すぎると考えて、これまで潜水母艦を配置していませんでした。そろそろいい頃合いかなと考えて前進させたのですが、こうしっかり察知されては、機動部隊によるウエーク島空襲なんてこともないとは限りません。いったん、ミッドウエイに後退させることにしました。

他方、この時期になっても連合軍潜水艦の戦果はぱっとしません。今日も攻撃の機会を得ることはできませんでしたが、伊豆諸島の青ヶ島近海をパトロール中だった潜水艦から日本のTF2つを目撃したという報告が入りました。ひとつはSC(駆潜艇)1隻を含む4隻からなり、もう一つはAP(兵員輸送艦)1隻を含む4隻からなるTFで、ともに南東に向け航行中だそうです。おそらく、先行するASW TFを兵員を輸送するTFがフォローしているのでしょうが、大切な何かを運んでいること間違いありません。このあたり、伊豆諸島の浅海ヘクスがあるので航路がジグザグになり、サイパンかトラック方面に向かう船団の可能性もありますが、このまままっすぐ南東に向かうのだとすると、南鳥島に守備隊を増強するための船団かも知れません。


ビルマではToungooの連合軍部隊を37機の百式重爆(Ki-49-IIa Helen)が襲い、device 2個がdisabledになる被害が出ました。またメイクテーラの連合軍部隊にも17機の百式重爆(Ki-49-IIa Helen)が来襲し、やはりdevice 2個がdisabledになる被害が出ています。もっともこの空襲に参加した54機の百式重爆のうち11機は対空砲火で撃墜され、また4機がOps lossになっていますから、日本側にとっても高価につく空襲ではありました。

その15機の損失も、その後の陸戦フェーズでToungooをあっさり奪回したことと、メイクテーラから南下しつつあった連合軍地上部隊の進撃速度を鈍らせたことで、元をとれたと日本側は判断していることでしょう。日本側はToungooからその北東側のジャングルヘクスに向けすでに追撃態勢に入っています。このヘクスに先着できればと考えて、メイクテーラの部隊を南下させていましたが、とても無理なので、北西側に後退させることにしました。せっかく奪還しつつあったビルマ中部平原ですが、そっくりお返しすることにします。

蘭印ではマカッサルを戦闘機 65機(Martlet II 15, P-39D Airacobra 25, P-40K Warhawk 25)がsweepし、B-24D1 Liberator 25機が飛行場を爆撃して、Airbase hits 2、Airbase supply hits 1、Runway hits 33のダメージを与えました。またクーパンから15機の双発爆撃機(Beaufort V 6, Beaufort VIII 9)がディリを叩いて、Airbase hits 1、Airbase supply hits 1、Runway hits 1。さらにアンボンから27機の双発爆撃機(B-25C Mitchell 9, B-25D1 Mitchell 18)がケンダリーの飛行場にAirbase hits 8、Runway hits 15の戦果を得ました。

2015年11月19日木曜日

セレベス島シダテを奪還

1943年5月25日、今日の夜間空襲は2ヶ所。マグエに向かった9機のLiberator IIは二式戦(Ki-44-IIa Tojo) 13機の迎撃を受けます。やはりCAPがいると大した戦果はあげられず、命中弾はRunway hits 1で、おまけに地上の二式戦を1機撃破できただけでした。また、スラバヤでも21機の二式戦(Ki-44-IIc Tojo)がCAPしていて、9機のB-24D1 Liberatorによる戦果はAirbase hits 2、Runway hits 1と二式戦1機撃墜・1機地上撃破のみ。今晩すでにmoonlight 50%と暗くなり始めていたことも影響したかも知れません。あしたから半月ほど夜間空襲はお休みです。

日本側はタイ領内から35機の百式重爆(Ki-49-IIa Helen)でToungooの連合軍守備隊を爆撃しました。ここはジャングルヘクスなのでdeviceの被害はなく、また高射砲ユニットが駐屯しているので士気・疲労度に対する影響もほとんどありませんでした。ただ問題なのは、日本軍の先鋒8ユニットがこのToungooに前進してきたことです。守備隊は5ユニットですが、高射砲と建設部隊とHQユニットと南側の戦闘で敗れた敗残兵で、素のAVの合計が1しかありません。攻撃されれば明日にも陥落です。Toungooが陥落すること自体はいいのですが、メイクテーラにいる連合軍地上部隊をどうしたものか。日本側は包囲を狙っているようなので、南西に向けて脱出するつもりだったのですが、なんとなく間に合わない感じがします。困った。このあたり、指揮する能力の欠如・センスのなさを痛感します。

蘭印ではアンボンからケンダリーに23機のB-25C Mitchellが向かい、飛行場にAirbase hits 5、Runway hits 15のダメージを与えました。陸戦フェーズでは、メナド占領後に西側のSidateに退却した日本軍を追撃していた海兵隊の戦車大隊が追いつき、一掃しました。ジャングルでも1級道路があると戦車部隊は1日で1ヘクスを移動でき、便利です。

2015年11月17日火曜日

夜間空襲で12機を撃破

1943年5月24日、昨晩の夜間空襲はアキャブからLiberator IIがビルマのマグエを襲い、Airbase hits 4、Airbase supply hits 4、Runway hits 17。またインド洋上のクリスマス島から6機のB-24D Liberatorがスラバヤの飛行場を爆撃し、Airbase hits 7、Airbase supply hits 1、Runway hits 10のダメージを与えました。前日はCAPのいたマグエにもスラバヤにも今日は二式戦の姿がみえませんでした。CAPがいないと爆撃も慎重に行えるようで、前記の飛行場への命中弾とあわせて、地上の二式戦を9機、また天山と九九艦爆と九六陸攻を各1機撃破することができました。

ビルマではToungooに後退した連合軍部隊に百式重爆(Ki-49-IIa Helen) 23機が来襲し、device 1個disabledの被害が出ました。でも、百式重爆も3機が対空砲火で撃墜されています。前日は多数の日本の「重爆」が来襲したメイクテーラですが今日は空襲はありませんでした。きっと高射砲による被害の多さを見て爆撃継続を断念したのだと思います。今日のToungooでも1割強を撃ち落としたわけですから、こちらも断念してくれるといいのですが。

蘭印では連合軍がクーパンからディリに6機のBeaufort Vを送って、飛行場にRunway hits 1。またアンボンからケンダリーに25機のB-25C Mitchellが向かい、Airbase hits 4、Runway hits 25のダメージを与えています。メナドの片がついたので、そろそろケンダリーも奪還しておく時期かも知れません。

目を北に転じると、カガヤンからセブ島に26機の百式重爆(Ki-49-IIa Helen)が来襲し、Airbase hits 2、Runway hits 9の被害が出ました。サプライの絶対的な不足を示す赤いエクスクラメーションマークもついたままですし、困ったことです。

連合軍はテルナテから9機のLB-30 Liberatorでミンダナオ島サンボアンガの守備隊を爆撃しました。戦果はdevice2個をdisabledにしたのみと僅少ですが、守備隊が65th Naval Guard Unitであることが判明しました。SIGINTで守備隊がいること自体は分かっていましたが、どんな部隊が駐屯しているのかまでは不明であり、爆撃で確認することが今日の空襲の目的でした。目標は達せられたわけですが、防備隊では、少数の空挺部隊では奪還不能ですね。

ミンダナオ島で規模1以上の飛行場があるのはカガヤン、ブトゥアン、ダバオとここサンボアンガ。カガヤンは多数の飛行機が配備され、ブトゥアンもちょうど今日規模5に拡張されました。艦砲射撃を受ける恐れの少ないミンダナオ島北側の飛行場を重視していることがみてとれますが、サンボアンガも規模1のままにしてはありますが、手放すつもりはないようです。

日本側の絶対国防圏内には根拠地が多数あって、すべてに守備隊を配置することはできません。限られた資源をどう割り振るかという観点からすると、規模1以上の飛行場のある根拠地を重視するというのは非常に賢いやり方だと思います。この付近ではホロ島にも規模1の飛行場があり、やはり守備隊が1ユニット駐屯しています。確認のため、あしたはこちらの守備隊を叩いてみるつもりです。まあ、簡単に奪取できるような状態ではないでしょうが。