2013年10月4日金曜日

ポートモレスビー陥落


1942年2月25日、シドニーの東方沖でニューヘブリデス諸島のEfateに建設工兵部隊を輸送していたxAP Hong Kheng(3330トン、VP 7)が伊1潜に雷撃され、沈没しました。すかさず護衛のAPD Pillsburyが反撃して、伊1潜に爆雷を1発命中させました。APD Pillsburyは兵員の輸送も行っていたので、沈没するxAP Hong Khengにのっていた工兵16分隊のうち9分隊を救助しました。ほかにEngineer Vehicle 5輌とMortorized Support 10輌も載せられていましたが、さすがに沈没する船から車輌を回収するのは無理のようで、15輌すべて海没してしまいました。Effateは初めて上陸する根拠地で港の規模も1しかありませんから、車輌がすべて無くなってくれた方が上陸が早くスムーズに運んでいいと、前向きに考えることにします。日本軍とは違って、連合軍側のSupport(輜重兵など後方部隊)はこのMortorized Support(トラックを運用する後方部隊)のことが多く、小さな港しかない根拠地での揚陸には苦労してます。また、これまでシドニー近くの南太平洋に日本の潜水艦の姿は見られませんでしたが、今後は哨戒機を飛ばしたり、護衛をつけるなりしないといけませんね。

ニューギニア島東端の南で、 SS GraylingがxAK Sydney Maru(5935トン、VP 12)を撃沈しました。2日続けて魚雷の不発に泣かされましたが、今日は命中した魚雷が2本とも爆発してくれました。コンバットリポートにはNon Combatのdeviceが1つ破壊されたと報告されていて、まだ陸兵がのっていたようです。

ポートモレスビーですが、今日はタウンスビルから9機のB-17E Fortressが日本側地上部隊への空襲に飛びました。残念ながら、ジャングルにはばまれて、見るべき戦果はありませんでした。その後の陸戦フェーズでは日本側からDeliberate attackがあり、素のAV 1095:225、修正AV 804:133、オッズ比6:1で陥落です。粘ってもう一回くらいは戦えるかと思っていましたが、甘い考えでした。さすがに2個師団強もいると違います。敗れた部隊はTerapoにむけて後退しました。

ポートモレスビーには、要修理状態でタウンスビルに撤退させることのできなかったP-40E Warhawk 5機とP-39D Airacobra 3機が残っていて、すべて失われました。ただAir lossの報告を見ると、8機ともAir to Airで失われたことになっているのです。地上戦により根拠地を失った結果、損失になる機体はOps lossになるものと思っていたのですが、そうとは限らないようです。飛行隊の本隊はタウンスビルにいて、残されていた支隊のほうだけ失われたからこういう報告になったのでしょうか?またパイロットは無事でした。

ポートモレスビーについては、このあとの日本側の動きが気になります。海軍の特別陸戦隊2個と警備隊3個の中からTerapoに追撃する部隊を選ぶことになるのでしょう。陸軍の方は、ポートモレスビー防衛に2個師団は多すぎる気がします。防衛のために一個師団を残すとして、もう一個師団はどうするのか?ポートモレスビーから輸送船に乗せるのか、それともブナあたりまで行軍させて船に乗せるのか?ポートモレスビーまでまた輸送船を回航するとなると、しっかりした護衛をつけなければならないでしょうから、北岸で乗船でしょうかね。これまでに2回のポートモレスビー上陸作戦で、開戦時トラックに備蓄してあった重油21万トン強がかなり減ったでしょうし。また乗船させたあとの目的地がどこかも気になります。まだルンガやツラギには手を出してはいませんから、こちら方面につかうのでしょうか。

ジャワ島では20日の上陸後、しばらく動きがありませんでした。Kalidjatiに上陸した日本軍は1万9000名ほどと報告されていて、1個師団強の戦力でしょうか。さすがにこれだけではジャワ島の平定には不足なので、増援部隊がやってきたようです。護衛には複数の戦艦や軽空母がついていますから、手出しはできません。また、ビルマ方面では22日にシッタン川を渡河した日本側部隊がラングーンに到着しました。ラングーンの守備隊は手薄なので明日には陥落となりそうです。

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