ビルマ中部への夜間空襲の定期便ですが、昭和18年5月21日はTaung Gyiにやってきました。今回の夜間空襲解禁期のTaung Gyiへの空襲は初めてで、来襲したのは連合軍爆撃機 117機(Blenheim VD 6, Liberator II 8, Liberator GR.III 9, Wellington GR.VIII 10, B-17E Fortress 9, B-24D Liberator 14, B-24D1 Liberator 52, B-25C Mitchell 9)でした。Taung Gyiでは二式戦(Ki-44-IIb Tojo)と二式複戦(Ki-45 KAIa Nick)各一個戦隊に夜間CAPを指示してあり、それぞれ14機・6機が迎撃しました。地上での破壊を含めて日本側は8機を失いましたが、連合軍爆撃機の損失は0。でも天候がSevere stormsのおかげか、命中弾はAirbase hits 8, Airbase supply hits 1, Runway hits 18だけで、今朝の飛行場のダメージはサービス施設に13、滑走路に21と少なめでした。このくらいならsustainableと感じますし、連日の出撃で連合軍爆撃機のクルーもお疲れなのかもしれません。
日本側はそのTaung Gyiの百式重爆(Ki-49-IIa Helen)一個戦隊にインド東北部のレドの夜間空襲を指示してありました。偵察機によるとレドには戦闘機・爆撃機はいないようですが、auxiliary 182機の存在が報告されています。このauxiliaryのほとんどは輸送機で、レドから中国の成都か重慶かにせっせとサプライを空輸しているのだと思います。Taung Gyiからレドまでは距離11ヘクスと遠く、レドに辿り着けた百式重爆は17機だけでした。幸いなことにCAPはいません。レドの天候もSevere stormsで、しかも対空砲火を避けるために高度11000(連合軍の夜間空襲は高度7000フィート)からの爆撃だったためか命中弾は1発のみ。規模7もある飛行場ですから、命中弾1のみでは目的のC-47 Skytrainの地上撃破はできませんでした。それでいて、高度を高くしておいたにも関わらず、対空砲火で1機が撃墜されてしまいました。連合軍がビルマ中部の日本側飛行場を制圧したがっているのは、このレドを守るためなんでしょうが、いざ爆撃に出かけてみても日本側には大した戦果をあげる能力がありません。
今月は2日に1隻以上のペースで商船を失っていますが、珍しく昨日の対潜戦闘は一回だけでした。シンガポールからラングーンにサプライを輸送するコンボイはマレー半島西岸の浅海ヘクスを図のように航行します。それを狙う連合軍潜水艦を、ASW TFのDD叢雲が攻撃。SS KVIIIには爆雷が2発命中し、エンジンに大きな被害がおよんで火災が発生しました。SS KVIIIは浮上を余儀なくされ、浮上してから魚雷を放ちましたがはずれ、DD叢雲の12.7cm主砲と25mm機銃にめったうちにされて波間に消えました。5月15日にラバウル北でSS Wahooを撃沈できたのに続く今月2隻めの潜水艦撃沈の確認戦果で、滅多にないことなのでうれしい限り。気分よく戦闘を終えることのできたDD叢雲ですから、きっとexpが少しは向上しているだろうと思ってチェックしてみると、77/65のままでした。以前、1944年以降の海戦の戦い方というエントリーで、「日本側を持ってプレイする際には1942年のうちにあらゆる機会をつかんで艦隊を鍛えるようにすべきだと思う。たとえ必要ではなかったとしても連合軍の根拠地に上陸・奪取する前には3~5回の艦砲射撃を加えるべきだ。大戦後半の連合軍のテクノロジーに伍してゆくためには、できれば夜戦のexp値を80%以上にまで高めておくことが必要だ」という意見のあることを紹介しました。こういった対潜戦闘ではexpが向上しないから、艦砲射撃で鍛えろっていうことなんですね。
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