1943年4月3日、中国では3ヶ所に日本軍の空襲がありました。南昌西の中国軍部隊には貴陽から百式重爆(Ki-49-IIa Helen) 28機が飛来し、device 20個がdisabledに。西安南の中国軍部隊には漢口から九七重爆(Ki-21-IIa Sally) 19機が飛来し、device 1個がdisabledに。また温州では台湾からの九七重爆(Ki-21-Ic Sally) 25機により飛行場にAirbase hits 4、Runway hits 37の被害が出ています。空襲の目標自体は昨日と同様でこれといった点はありませんが、南昌西の中国軍部隊を攻撃する重爆の数が減っているのは気になります。100機以上少なくなっているのですが、南方に移動したのでしょうか。
連合軍は蘭印でアンボンを空襲しました。NamleaからLRCAPするP-39D Airacobra 6機とF4F-4 Wildcat 7機の支援のもと、B-25C Mitchell 36機とB-25D1 Mitchell 18機が飛行場を爆撃し、Airbase hits 10、Airbase supply hits 3、Runway hits 40のダメージを与えました。
そして、連合軍はビルマでもラングーンに対する爆撃作戦を実施しました。ペグーからLRCAPする戦闘機(P-43A-1 Lancer 8, Kittyhawk I 6, P-40E Warhawk 9)の支援のもと、Promeから戦闘機 43機(Hurricane IIc Trop 25, P-40K Warhawk 18)がsweepし、Prome、ラムリー島、Shwebo、チッタゴンからの双発爆撃機 98機(Beaufort I 8, Blenheim VD 12, Wellington Ic 13, B-25C Mitchell 20, B-25D1 Mitchell 15, B-26 Marauder 14, B-26B Marauder 7, Liberator II 9)と四発爆撃機 12機(B-17E Fortress 7, B-17F Fortress 5)が飛行場を爆撃する作戦です。
一昨日のラングーン空襲のようにCAPのいない状況で爆撃できればよかったのですが、今日は二式戦(Ki-44-IIc Tojo) 36機に迎撃されてしまいました。また大きな誤算は、一番近いPromeから飛んだsweeperが10波に分かれた空襲の第4波になってしまったことです。このため連合軍は爆撃機 32機、戦闘機17機を失う大きな被害を受けてしまいました。二式戦の損失は24機ですからダブルスコアという大敗です。でも戦闘機だけを比較すれば連合軍側の被害の方が少なかったので、予定通りsweeperが先行していればと悔やまれてなりません。
爆撃の戦果の方は、Airbase hits 20、Airbase supply hits 6、Runway hits 77とまあまあです。150機以上が参加した空襲ですからもっと多くの被害を与えて欲しかったところですが、二式戦の奮闘が光ります。そして、戦闘後の空輸フェーズには”Escorted Transports flying to Rangoon intercepted”という報告がありました。このEscorted Transportsという表現は初めて見るような気がしますが、CAP(今日の場合は二式戦)のいる飛行場に輸送機が飛行するとこういう表現になるんでしょうね。この輸送機はラングーンから部隊を空路後送しているのか、それともサプライを運び込んでいるのかどっちでしょう。いずれにせよラングーン包囲網が効果を発揮しつつあるのは確かなようです。
そして本日のメインイベントはTaung Gyiでの連合軍側のDeliberate attackです。攻める連合軍は素のAVが2164なのに対し、日本軍守備隊は667。守備隊には地形、防御施設、指揮官のプラスと準備不足のマイナス修正があり、修正AVは1411:1642。オッズ比1:2とまだ負けていますが、防御施設の規模を5から4に低下させることができました。連合軍の死傷者はdevice 10個破壊・325個disabledで、日本側はdevice 14個破壊・149個disabledというものでした。だいぶ連合軍側の被害の方が多いのですが、地道に攻撃を繰り返し、防御施設の規模を削って行けばそのうち奪還できるだろうと思います。でも、雲南の素雄(Tsuyung)で勝利した日本の大軍がビルマにやって来る可能性も否定はできず、時間の余裕はあまりないようです。
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