2015年5月26日火曜日

重慶失陥

1943年3月2日、九七重爆(Ki-21-IIa Sally) 135機と百式重爆(Ki-49-IIa Helen) 232機による空襲の後、総勢40万余名の兵員を要する日本軍の第8回の総攻撃によりとうとう重慶が陥落しました。ご覧の通り、日本側のVPグラフはぴょんと跳ね上がっています。きっと今日は日本中が提灯行列でお祝いでしょう。中国軍守備隊は蒋介石とともにすべて殲滅されました。重慶で本隊が消失したユニットのうち、空路で保山に脱出させてあった支隊は本隊に昇格しました。日本側が重慶に駐屯させなければならない守備隊の兵力がどのくらいなのかは知りませんが、40万人の大部分を南方などへ転出できるようになったことは間違いありません。この陸軍の移動にはかなりの日数がかかるでしょうが、これまで重慶を爆撃してきた九七重爆と百式重爆はすぐにでも南方に転用できるはずです。

蘭印ではP-38 68機(P-38E Lightning 18, P-38F Lightning 15, P-38G Lightning 35)と四発爆撃機 57機(B-17E Fortress 10, B-24D Liberator 26, B-24D1 Liberator 21)がアンボンの空襲にむかいました。予想通り、前日より多い88機もの二式戦(Ki-44-IIc Tojo)がCAPしていました。昨日のエントリーで心配したように、sweeperにあてた戦闘機の数が少なすぎたようで、ボエラからもsweepさせておくべきでした。sweeperのうち爆撃機よりも先に到着したのは29機だけで、四発爆撃機は72機もの二式戦に迎撃される羽目に陥ったのです。おかげで四発爆撃機を28機(B24D1 14, B24D 12, B-17E 2)、それにP-38も24機(F 12, G 10, E 2)を失う大敗を喫しました。アンボンの飛行場に与えたダメージはAirbase hits 10、Airbase supply hits 5、Runway hits 17だけですから、この敗戦は重慶失陥以上のショックでした。

そのほか、連合軍はボエラからソロンをAlbacore I 10機とB-25C Mitchell 35機で爆撃しPort hits 7とPort supply hits 1、またマノクワリをB-25C Mitchell 12機が爆撃しPort hits 7の被害を与えています。ソロン空襲にはマノクワリ空襲に参加した機数の6倍以上の爆撃機が参加しているのに、戦果が同じくらいになってしまうのはなぜなんでしょう。

日本側はマカッサルの九九艦爆(D3A1 Val) 72機がビマを襲いました。狙いはビマのヘクスでパトロールしているPTボート 9隻でした。戦闘機の護衛はついていませんでしたが、CAPもいなかった(CAPをあげてもsweepされて戦闘機を失うだけなので無防備にしてありました)ので72機すべてが急降下爆撃を敢行。それで命中弾はいくつかというとゼロでした。駆逐艦相手なら猛威を振るう急降下爆撃機も小さな魚雷艇を相手にするのは無理なようで、魚雷艇狩りには高度100フィートに設定した戦闘機に機銃掃射させるのがいいというのが定説です。さて、なぜこんなふうに魚雷艇をねらってきたかですが、久しぶりにビマの艦砲射撃を計画しているのではないでしょうか。今晩はmoonlight 10%ですし、魚雷艇がいては邪魔でしょうから。

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