2012年12月4日火曜日

空の消耗戦続く


夜間空襲の時期も過ぎ、オーストラリア北西部の根拠地奪還も終わり、比較的落ち着いた戦況ですが、消耗戦は続いています。昭和17年12月29日、広東から一式戦二型Ki-43-IIb Oscar) 10機の護衛で百式重爆(Ki-49-IIa Helen) 80機が南寧の空襲に向かいました。重慶に100機以上の連合軍戦闘機が集結していることは以前のエントリーでも触れましたが、間の悪いことに今日は南寧上空にP-38G Lightning 16機がLRCAPに派遣されていました。重慶・南寧の距離は10ヘクスもあり、50機以上の部隊に100%LRCAPを指示しても、実際に現地上空で迎撃できるのはこの程度の数だろうと思われます。しかし16機でもP-38G Lightningは一式戦よりずっと高性能の強敵です。しかも爆撃機は4波に分かれてしまい、3波は護衛戦闘機がつかなかったので、百式重爆31機(空戦で27、Ops loss 4)と一式戦10機(被撃墜10機)の大きな被害を受けてしまいました。さいわい、空襲の戦果の方はAirbase hits 11、Airbase supply hits 1、Runway hits 40とそれなりでした。

この中国戦線のP-38は悩みの種です。この時期、連合軍でもっとも使いでのある機種はP-38でしょう。性能的には他にもいい機種がありますが、増槽付きで16ヘクスという航続距離が際立っています。今後も同じような待ち伏せを仕掛けられると思うと頭が痛いところです。元から叩くために重慶に爆撃に行くのはかなりの覚悟が必要だし、せいぜいsweep先行を徹底させるくらいしか対策がない感じです。連合軍の戦闘機が充実してきてからインドの飛行場を爆撃することが困難になっていますが、昭和18年には中国戦線も同じ状態になってしまいそうです。

やられっぱなしも悔しいので、翌12月30日はラバウルのゼロ戦にフィンシュハーフェン上空のLRCAPを指示してみました。フィンシュハーフェンには海軍の第14警備隊が駐屯していて、このところ頻繁に爆撃がありました。実はラエ占領後に連合軍が東進し始めたのを見て、この部隊は輸送機でラバウルに撤収させることにしました。向かっている連合軍部隊の規模は不明ですが、一個師団ていどでも支えきれるとは思えませんから。しかし空路の撤収作戦もラバウルへの夜間空襲で輸送機がdisabledにされたりして、ようやく半分ていどを輸送できたに過ぎず、あと一週間くらいはかかるかなというところです。連合軍がフィンシュハーフェンの地上部隊空襲に来てくれること自体は、撤収作戦に気付いていない証拠かと思うので悪いことではありません。

前日はフィンシュハーフェン空襲がお休みだったので、きっと今日は来るだろうと予想していたところ、案の定、今日もKittyhawk IA 16機の護衛で爆撃機23機(Hudson III (LR) 9、Mitchell II 5、Bolingbroke IV 9)が来襲しました。ラバウルからLRCAPのゼロ戦51型(RA modの固有機種、A6M5 Zero) 13機とゼロ戦52型(A6M5b Zero) 19機が迎撃し、残念ながらゼロ戦52型が空戦で2機撃墜(パイロットは無事)されてしまいましたが、連合軍機を21機損失(撃墜17機、Ops loss 4機)とすることができました。前日の連合軍よりはずっと少ない戦果ですが、空襲に飛来した機数が41機と少なかった(前日の南寧空襲は91機)ので仕方がないかなと。時々あるこういったささやかな幸せが、中の人の士気の維持には必要です。

0 件のコメント: