2013年7月3日水曜日

今日は貴重な地上部隊とともに16隻が沈没


1941年12月12日、マラッカ海峡でシンガポール発コロンボ行きのコンボイが5波63機の陸攻に雷撃され、魚雷20本の命中で全滅してしまいました。沈没したのはAMC 2隻(VP 27, 8820トン)、xAP 1隻(VP 3, 980トン)、xAK 3隻(VP 11, 5375トン)と護衛していたAM(VP 2, 675トン)とPG(VP 4, 1320トン)の合計9隻です。開戦後に沈められた船の中でも高価な方の船が多く、その点でも残念ですが、さらにがっかりなのは搭載されていた積み荷の方です。この船団には223 Group RAF HQと27th Australian Brigadeがのせられていました。どちらも有用な部隊なので、このままシンガポール防衛に参加させ降伏させるのはもったいない、他の場所で活用したいと考えたのです。前者はもともとABDA HQ麾下なのでそのまま船に乗り込めましたが、後者はrestrictedなHQ麾下なので250ちかいPPを支払って船に乗り込みました。

これらの部隊をパレンバンに輸送すればパレンバン要塞を築けますが、パレンバン要塞化作戦はプレイしてお互いにつまらないと思うので、セイロンかインドへの転進を考えました。マラッカ海峡経由は危険かなとも思って、数日前に貨物船4隻をメダンに派遣してみました。貨物船はゆっくりメダンでfuelの積みとりをしていますが、陸攻が飛んで来る気配はありません。これなら大丈夫だろうと判断して、シンガポールからAir HQと一個旅団を載せた船団を北上させました。しかし陸攻の指揮官たちはAMC(特設巡洋艦)やxAP(客船)を見逃してはくれないんですね。またメダンの戦闘機にCAPを指示してあったのですが、航続距離の短い緒戦期の連合軍戦闘機に距離5ヘクスは遠過ぎた模様です。マレー半島にはオーストラリア旅団がまだもう一ついて、シンガポールに向けて行軍中です。できればこれもシンガポールから脱出させたいんですが無理でしょうか?スマトラ島東岸を南下し、スンダ海峡からインド洋に出るルートならいけるかな??

マカッサル海峡でCA妙高・那智・羽黒の砲撃で、xAKL Luzon(VP 3, 1700トン)、xAKL Magallanes(VP 2, 1050トン)の2隻が撃沈されました。この2隻はタラカンにいたCD(沿岸砲)部隊を輸送していましたが、海の藻くずとなってしまいました。シンガポールからのAIr HQ・オーストラリア旅団といい、このCD部隊といい、開戦時に真珠湾で戦艦を沈められたことよりもずっとがっかりです。タラカンのCD部隊は開戦日に転進を思い付いていればこうはならなかったろうにと思うとさらに悔やまれます。まだタラカンには貨物船に載せきれなかったこの部隊の残りがいます。support部隊数分隊だけなので、飛行艇でバタビアに撤退させることにしました。わずかな残余からでも時間をかければ部隊を再建できるので。

その他に今日は、昨日の南シナ海での攻撃で重傷を負っていたxAKLや香港からルソン島に避難して来たMTBなどなど、合計で16隻が沈没してしまいました。明るい話題のまったくない新聞に眼を通さざるを得なかった、緒戦期のアメリカやオーストラリアの市民の気持ちが分かるような気がします。

昨日はニューアイルランド島のカビエンが占領されました。そのカビエンに向けてCA LouisvilleとCL Adelaideを艦砲射撃に送り出しました。もしかすると、サプライや飛行場の建設・整備用の部隊がまだ陸揚げ中かなと思ったのですが、すでに姿をくらませていました。日本の艦船がいないので、予定通りに艦砲射撃を実施しましたが、命中弾はPort hits 7、Port supply hits 2のみ。重巡と軽巡各1隻の射撃ではこの程度で精一杯のようです。飛行場の拡張が予定されているのだとしたら、1日くらい遅らせる効果はあるでしょう。グアムから避難して来たAMがようやくラバウルから3ヘクスのところまで接近して来ています。ラバウルの地上部隊を撤収させるTFと合流して無事にオーストラリアに辿り着いてほしいものです。

0 件のコメント: