2015年4月30日木曜日

日本軍、Nadzabで逆襲


1943年2月16日、日本軍の第7回総攻撃から一日が経過した重慶ですが、今日も九七重爆(Ki-21-IIa Sally) 159機と百式重爆(Ki-49-IIa Helen) 172機による空襲がありました。もうほとんどけりはついたようなものですから、爆撃機は南方に転用するのではと予想しましたが、慎重にも慎重を期す方針のようです。今日は飛行場の爆撃ではなく全機が中国軍の重慶守備隊を爆撃し、また日本軍地上部隊もDeliberate attackではなく砲撃を加えるのみでした。爆撃と砲撃による守備隊の被害はdevice 26個破壊、342個disabledという甚大なもので、この数字をみて明日こそ決めに来るのではと思います。

重慶ではDeliberate attackが実施されませんでしたが、予想もしていなかったところで日本陸軍は攻撃をしかけてきました。場所はきのう連合軍がワウから渡河移動した東部ニューギニアのNadzabです。ルールで強制されたきのうの渡河後のshock attackの実施により連合軍地上部隊が弱体化しているとみたものでしょうが、日本側が考えていたほどのダメージは受けていなかったのです。日本側の素のAVが458だったのに対し、連合軍は482。守る連合軍には地形のプラスと準備不足のマイナス修正が加わり、修正AVは155:305。オッズ比1:2と有利に戦いを終えることができ、死傷者も日本側のdevice 41個破壊・196個disabled(負傷・故障)に対し、連合軍は4個破壊・64個disabledと少なく済みました。

これでも連合軍は全軍が戦いに参加したわけではありません。きのうの戦傷を癒すため歩兵連隊1と戦車大隊2にはreserveの指示がしてありました。reserveを指示してある部隊はピンチになれば戦いに参加することがあるはずですが、AI指揮官たちからみてもラクな戦いにみえたのかreserveのままで、歩兵師団1が防戦したのみです。Nadzabの日本軍は第144歩兵聯隊をのぞくと、あとは特別陸戦隊と警備隊といった海軍部隊ばかりです。海軍の地上部隊は砲などの配備数が少ないので、守りにはいいが攻撃には向かないとの評判です。今日の戦闘もその評価を裏付ける結果となってしまったようです。

連合軍は、Nadzabへのsweepの成功を受けて、今日はLong Island空襲の実施を考えました。でもきっと日本側はLong Island配備の戦闘機隊を増強するだろうと予想して、自重しました。その判断は正しく、偵察機によるとLong Islandには戦闘機が119機もいるとのこと。ラバウルから移動してきたものか、一昨日より却って30機ほど増えています。勇んで空襲を実施しなくて幸いでした。

ビルマではマンダレーの空襲を実施しました。アキャブとShweboから戦闘機74機(H81-A3 24, Mohawk IV 13, Hurricane IIc Trop 39)がsweepし、インドの飛行場から双発爆撃機 118機(DB-3M 4, SB-III 9, Blenheim IV 39, Blenheim VD 9, Bolingbroke IV 12, B-25C Mitchell 10, B-26 Marauder 26, B-26B Marauder 9)と四発爆撃機 17機(Liberator II 9, B-17E Fortress 3, B-17F Fortress 5)が飛行場の爆撃に向かいました。連合軍は戦闘機も爆撃機も不足しているので、開戦時から配備されている H81-A3(P-40Bの輸出バージョン)やソ連製のDB-3MやSB-IIIといった中国空軍機も参加しています。旧式機が多い攻撃隊も日本側がCAPをあげていなかったので問題は発生せず、Airbase hits 34、Airbase supply hits 16、Runway hits 97のダメージを与えることができました。

蘭印は、マカッサル上空での敗戦の痛手が癒えず、細々とテルナテからメナドB-25C Mitchell 23機が飛行場を空襲したのみです。戦果の方もAirbase hits 1、Airbase supply hits 1、Runway hits 2とかなり控えめで、23機も参加したのだからもう少しはと感じてしまいます。テルナテで揚陸中のコンボイは妨害をうけることもなく、着々と基地機能を増強しつつあります。

今日は五島列島福江島西方の東シナ海でSS SnookがTK Shoyo Maru(1120トン、VP 3)を撃沈しました。日本側が保有する一番小型のタンカーですが、タンカーはタンカーだからまあいいか。私が日本側をプレイしている時には、この一番小型のタンカーを主に前線近くへの重油の輸送と、樺太から北海道への原油の還送につかっていました。樺太から北海道へはどうしても深海ヘクスを通過せざるを得ず、しかも樺太の油田の産出量はそれほど多くはないので。でも、お相手の方が東シナ海を航行させているのはどんな理由からか。小型だけに燃費は一番悪いタンカーなので、まさかシンガポールからということではなく、やはり小さな油田のある台湾からでしょうかね。

0 件のコメント: