2013年9月9日月曜日

1942年1月の成績


1942年2月3日、機動部隊はウエーク島からさらに遠ざかってくれました。おそらく帰途についたのだとは思うのですが、すっきりしません。というのも、前日の位置から4ヘクスしか西に移動していないからです。機動部隊は巡航で一日に8ヘクスくらいは移動できたと思うので、本当に帰るのならすでにウエーク島の哨戒圈を脱していないといけないはずです。帰ったと見せかけて、兵糧を入れようとしてウエーク島に近づくコンボイを攻撃しようと考えていたりしないかが心配です。

その他には大きな事件もなく落ち着いた一日だったので、1942年1月の成績を振り返ってみます。まず1942年1月の沈没艦船から。連合軍側は重巡2隻と軽巡1隻を失いましたが、この3隻の喪失は私のまずい采配が原因です。また爆雷で潜水艦を2隻失ったのも目立つところ。連合軍潜水艦はタフだという印象を持っていましたが、沿岸の浅海ヘクスだと爆雷にやられやすいようです。この2隻は上陸地点に近づかせたためこんな風になってしまいました。この他に、魚雷艇やモーターランチや小さな商船を合計で32隻を失っていますが、やむを得ないところかなと。

日本側の沈没艦船の多くは、ポートモレスビー上陸船団に含まれていて1月4日の珊瑚海海戦で沈んだものです。日本側の沈没艦船数が少ないのは、パレンバン、クラークフィールド、シンガポールといった最重要な目標には兵力を集中して早く攻略するがその他の地点の占領はゆっくりという、お相手の方の戦い方に由来する点が大きいと思います。例えば蘭印でも、ボルネオ島で占領されたのはMiriだけですし、蘭印東部もまだアンボンだけ。まだ連合軍の商船がバリクパパンからマカッサル海峡を北上してミンダナオ島にサプライを自由に輸送できているくらいですから。

日本側の方針のおかげで空の戦いも激戦とはいい難く、両軍の損失機数は220機と236機と少なく、ほぼ拮抗しています。また、これを集計して初めて気付いたのですが、今月は連合軍の損失機数方が日本側を下回っています。1942年前半で連合軍側の方が少ないのは珍しいんじゃないでしょうか。先日のエントリーでも触れたように、自分の戦略に沿って飛行機の生産数を調節(増加)できる日本側と違って、連合軍機の配給数はかなり低めの、史実通りの数に固定されています。連合軍側をプレイしてみると、空でも激戦を強要される方が嫌で、このゲーム程度の圧迫だったらなんとか息をつける感じかな。

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