2014年2月4日火曜日

マンダレーを失う


1942年6月16日、とうとうマンダレーを奪われました。日本軍は歩兵師団 4、歩兵旅団 1、泰国軍師団 4、歩兵聯隊 3、戦車聯隊 3、捜索聯隊 3、工兵聯隊 5で、工兵聯隊1が増強されて素のAV 2972になっていました。対する連合軍は1078。両軍ともに指揮官のプラス修正、連合軍に準備不足・疲労・経験不足・サプライ不足、日本軍に疲労のマイナス修正がついて、修正AVは1811:526。連合軍のマイナス修正の方が影響が大きく、オッズ比3:1で敗退です。日本側にもdevice 93個破壊569個disabledの犠牲が出ましたが、連合軍は3530個破壊218個disabledという大量の死傷者が記録されています。連合軍は23ユニットのうち7個が破壊されましたが、とくにNCACという米式中国軍のArmy HQユニットが破壊されてしまったのは大きな痛手です。最前線に出すべきではないHQユニットをマンダレーに配置しておいた罰が当たった格好です。

後退した16ユニットのうち14はShweboに向かいましたが、残りの2ユニットは東の森林ヘクスに後退しました。すべてが同じ方向に退却すると決まっているわけではないということを初めて知りました。基本的に補給線のつながっている方に退却するルールですが、Shwebo経由の補給線もラシオ経由の補給線もマンダレーに充分なサプライを補給できず、どちらが主な補給線とはいえないのでこうなったのかも知れません。

また今日の敗北によりある程度まとまった戦力を残している部隊は、オーストラリア軍歩兵師団一つと中国軍軍団一つだけになりました。次の防衛線を地形が開豁地のShweboに設けるのは無理な話なので、全軍Katha手前の森林ヘクスに向けて後退を指示しました。まあ森林ヘクスでの持久可能性についても大きな疑問が残ります。
In all the war I never received a more direct shock. The reader of these pages will realise how many efforts, hopes, and plans foundered with these two ships. As I turned over and twisted in bed the full horror of the news sank in upon me. There were no British or American capital ships in the Indian Ocean or the Pacific except the American survivors of Pearl Harbour, who were hastening back to California. Over all this vast expanse of waters Japan was supreme, and we everywhere were weak and naked.
マレー沖海戦についてチャーチルがこんな回想を記していますが、現在のインド・ビルマ戦線の連合軍の状態はちょうどこれと同じ。このあと、Katha経由でミートキーナを狙わる以外に、ラシオの奪取を狙われても、インパールを狙われてもとどめる戦力がインド東部にはないのです。不用意に南下し6月2日にメイクテーラで敗北を喫したことが、今日のこの苦戦の原因です。まあまだ1942年前半ですから、ビルマ全域が日本の占領下にあるのが当り前といえば当たり前。不利な戦況でも小さな楽しみをみつけながらプレイするようにしたいと思います。

中国戦線ですが、きのう砲撃を行った貴陽の東南東のヘクスの日本軍は休養をとっています。昨日の「威力偵察」により日本軍の素のAV 4472に対し、中国軍が2056と予想外に多いことが分かり、そのまま攻撃しても撃破は難しいと判断したようです。芷江やその2ヘクス北側のヘクスには、すでに増援の部隊が移動し始めています。

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